北京五輪の最右翼は大学生フェンサー!(フェンサー・・・フェンシングの選手)
現役の大学生でありながら、スポーツ、エンターテインメントなどいろんなジャンルで活躍し、その将来が注目されているフロントランナーにスポットをあて、彼らの行動哲学に迫るインタビュー。WEB版オリジナルの第1回目は、史上最年少の若さでアテネオリンピックのフェンシング日本代表に選抜され、北京オリンピックの最右翼と目されている日本最強の大学生フェンサー太田雄貴選手にスポットを当て、フェンシングに対しての内なる想いやアテネオリンピックでの裏エピソードなどを聞いてみた。―――
太田 雄貴
ニックネーム:ゆーき
同志社大学商学部3年
1985年11月25日生まれ。O型
■種目はフルーレ。平安高校時代には史上最年少での全日本選手権大会優勝、インターハイ3連覇などの偉業を達成。同志社大学入学後も世界ジュニア選手権大会で日本人初となる銅メダルを獲得するなど、その勢いはとどまるところを知らない。
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フェンシングが無い人生は考えられない
――フェンシングは日本ではあまり馴染みがないスポーツだと思うのですが、始められたきっかけは?
太田 小学校3年生の時に、平安高校フェンシングのOBである父に高校の練習に連れて行かれたんです。上の二人(太田選手は3人兄弟の末っ子)がフェンシングに興味を示してくれなかったから、どうしても僕にはやらせたかったみたいです。でも最初は単なる習い事の一つでしたね。
――ではそんな軽い気持ちで始めた、というか始めさせられたフェンシングをずっと続けていこうと思った理由は?
太田 結果がすぐに出たからですね。始めてから半年後に、全国規模の大会で優勝したんです。そこから面白くなって、いつしか海外の大会にも出られるようになっていました。
――かなり頻繁に海外に試合や合宿に行かれてるイメージがあるのですが、今までにどのぐらいの国に行かれましたか?
太田 すみません、覚えてないです(笑)。結構同じ国に何度も行ってるので。でも前のパスポートは出入国のスタンプを押すページが足りなくなって、ページを継ぎ足しました。
――それはすごいですね〜。実際、ここまで大きく人生を変えることになったであろうフェンシングとは、太田選手にとってどういう存在ですか?
太田 今は自分自身をアピールできる場所だと思っています。日々答えが変わるんですよね。昔は「全て」とか言ってたんですけど。でもフェンシングが無い人生は考えられないです。フェンシングをやってるお陰で、たくさんの人と出会えたり同志社大学にも入学できたので。
自分の未熟さを痛感させられたアテネオリンピック
――一昨年にはアテネオリンピックにも出場されましたよね。日本代表にはすんなり決まったんですか?
太田 いえ。実はオリンピックの一年前に左靭帯を切ってしまって。その時は「オリンピックは無理かもしれない」と思いました。
――辛くはなかったですか?
太田 スポーツ選手に怪我はつきものなので。2ヶ月で復帰できましたし、怪我をしている間に上半身を鍛えたことであたり負けしにくくなったので、結果的には良かったと思います。
――そして怪我から復帰後は着実に世界ランキングの順位を上げ、見事史上最年少でのオリンピック代表内定。何か裏エピソードがあれば教えてください。
太田 代表に決まる前、ずっと他の代表候補者2人と色々な国の大会を巡ってたんです。でもフェンシングはメジャーなスポーツではないからスポンサーもあんまり付いてなくて、その遠征費はほとんど自腹なんです。僕の場合は高校からの援助とかもあったんですが、他の2人はそういうのも無くて。だから代表に自分が決まった時は嬉しい反面、すごく辛かったです。その方から「代表内定おめでとう」っていうメールが来たときは、思わず電車の中で泣いてしまいました。
――実際オリンピックに出場してみて、いかがでしたか?
太田 何もかもが自分の人生で始めての経験で、とても新鮮でした。開会式の盛り上がりとかすごかったです。競技面に関して言えば、“結果を出すこと”よりも“オリンピックに出ること”が目標だったので、精神的な部分も肉体的な部分もまだまだ未熟だなと痛感させられました。
オリンピックばかりにこだわらず、目先のことから着実に進む
――今までは今後の目標に「北京オリンピックでの優勝」を掲げてらっしゃいましたが?
太田 オリンピックはもちろん目標です。でもそればっかりにこだわるんじゃなくて、一つ一つ着実に進むことを目指したいです。それから常に世界で通じるレベルのプレーをして、自分より下にいる選手たちを突き放していきたいと思っています。
――では最後にまず一歩目の目標についてお聞かせ下さい。
太田 今年の秋にある世界選手権大会とアジア大会で結果を出したいです。最近守りに入ってた部分があったんで、これからは攻めていきたいなと思います。
北京五輪でその勇姿を見よ!
■フェンシングとは??
中世のヨーロッパで発達した西洋流の剣術。先に15ポイントを奪った方、もしくは時間内に多くポイントを得たほうが勝利する。
■フルーレとは??
フェンシングの一番基本的な競技。相手の有効面(頭・両足・両腕を除いた胴体部分全て)を突くとポイントが得られる。
弱冠20歳にして日本フェンシング界を背負って立つ男、太田雄貴。今後更なる成長を遂げるであろう彼が、2年後の北京オリンピックで一体どんな活躍を見せてくれるのか。今から楽しみだ。―――
写真提供:同志社スポーツアトム編集局