〜ブログは芸術〜



お分かり頂けただろうか?
ともえ氏のブログの作品としての芸術性の高さ。私はこれをある種ブログの完成形だととらえている。
ぜひともパソコンから身体を引いていただき、一枚の作品として彼女のブログを見ていただきたい。
自らモデルをし、本格的な撮影をおこなう写真のクオリティの高さ
読書家であり現在までに1000冊以上の本を読んだという氏のボキャブラリーの豊かさ、哲学
それら全ての要素が見事に調和し、ブログにまるで一枚の絵画のような一体感をもたせている。
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太郎氏3月23日のブログ。まるで絵画のような美しい雪山を背景にスノーボードを楽しむ姿が写っている。 |

氏の行動はいずれも常人の域を遥かに凌駕したものばかりだ。この3月23日のブログ、まず目を見張るのがその雪山の美しさだが、
同時に違和感を覚える。
それは恐らく我々がスキーをする情景には同じようにスキーを楽しむ他のスキーヤーがおり彼らが列をなすリフトが必ずといっていいほどあるからだろう。
このような一枚が撮影できた背景をブログから読み取ることができる。
「やはり登りに7時間かけただけあって」
元来ブログというものは、筆者の生活が読者の生活とかけ離れていればいるほど興味をもたれる。例えばアイドルのブログなどがそうだ。芸能界という一般人とは違う世間、虚像を演じる世界に生きる者の実情――それら読者が日常において体感できない“日常”を体感させることができる。だからアイドルなど特殊な日常を生きる者のブログは大衆の興味の対象となりうるのである。
その点から考えると、太郎氏のブログでは平均的な大学生では実現不可能な領域に足を踏み入れている。氏の行動力、タフさから見える世界はきっと我々の世界とはひと味もふた味も違うのだろう。そしてそれこそが我々の心をつかみ、反響を呼ぶのだろう。

そんなアウトドア好きの太郎氏のブログから
釣りはレジャーであるとともに旅でもある。家を出て、だんだん都会の喧騒を離れ、海や河川という自然に降り立ち、ヒットを待つ時間のなかで自らも打ち寄せる波や過ぎ行く風となる。日常を離れた環境に自己を見出す作業だ。
そして釣り上げた獲物とともに撮る思い出の一枚――釣りは旅なのだ。
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